ゲーム自体は悪いものではない
ゲームは目に悪いからやめなさい!
ゲームばかりしていないで、外で遊んできなさい!
少なくとも、私の少年時代は親や教員からこのように言われて育ってきました。
(それでもめげずに、ポケットモンスターを300時間やり込むほどのヘビーユーザーでしたが……)
あの当時は、ゲームをしている=オタクと言われ、根暗な印象を持たれてしまう、どちらかというと負の側面が強かった印象です。
しかし、昨今のゲームに対する大人の認識はかなり変わってきたように思えます。
ゲームはプログラミング能力や問題解決能力を鍛える!
子どもとのコミュニケーションツールになる!
など、いわゆる「ゲームの良い側面」も認識されるようになってきました。
(2026年3月の段階で)任天堂Switch2はついに累計1700万台を突破し、「歴代で最も売れたゲーム機」になったとニュース記事で拝見しました。
かくいう私も最近Switch2を購入し、子ども達との話題づくりも兼ねて、何本かプレイしているため、決してゲームを否定したいわけではありません。あくまでハード(ここでいうゲームやマッチ、お金といった道具そのもの)が悪いということではなく、ソフト(使い方)に注意が必要なものであるという認識であるということです。
しかし、自身でプレイしているが故に「自制が効かなくなる」と思う瞬間が、多々出てきたのも実感しております。
私は多くての1日3時間程度なのですが、10時間以上の時間をゲームに費やする、いわゆるゲーム依存症のように、現実世界に戻ってこれない人たちも急激に増加していると言われております。
また、依存症とまではいかなくても、「子ども時代に経験しておくべきこと」がゲームにより経験せずに大人になるのはとても残念なことです。
私が思う子ども時代に経験しておくべきこと、それは「適度なストレスにさらされながらも、試行錯誤し問題を解決した経験」です。
でもそれって、ゲームでも経験できるんじゃない?
たしかに、ゲームでも同様の経験をすることはできます。しかし、ゲームで経験できる問題解決とはあくまで「答えのあるもの」であり、「その際に肉体的・心理的ストレスを受けづらい」ものなのです。
実際に社会に出るとわかりますが、我々は日々「答えのない難しい問題」を「肉体的・心理的ストレス」を受けながら、なんとか解決しています。にも関わらず「誰からも褒められない」ばかりか、「やって当然」「次はもっとうまくやれ」と言われることも多いのではないでしょうか?
つまり、心理学でいう「努力→解決→褒める→また努力」のループ通りに動いてはいないわけです。
それなのに、我々は明日も明後日も問題解決を求められます。
新社会人の早期退職が増えている理由はここにあり、要は先ほども述べた「適度なストレスにさらされながらも、試行錯誤し問題を解決した経験」が不足しており、社会に出てそれらを急にやらされるため、「理想と現実のギャップにやられてしまう」といった結果なのです。
今回はそんなゲームの怖い側面とそれにどう向き合っていったらいいかを専門家の立場から語らせて頂こうと思います。
「現実とのギャっプ」
ゲームの魅力
さ
問題解決とは4つのレベルがある。表にする。
ゲームによって育まれる問題解決力とは?
問題解決=ゲーム開発者の行って欲しいことをどれだけ的確に行うか
私たち大人ができることは
ゲームでは味わえない体験をさせる
何も高いものでなくてもいいのです。

